『神主の体験』その② ~ 人は非日常で試される ~

 

鉄やコンクリートが擦れ合った時の摩擦によって生じた、何とも言えない焦げ臭さの漂う運転席で、先ずは冷静に状況を確認しようと数秒間はじっと動かずにいました。

改めて自分の怪我の具合はどうかと腕や首、足などをゆっくりと動かしてみます。

すると直ぐに、衝突した建物の中から驚いた様子で数名の方が出て来られ、口々に「怪我は大丈夫ですか?とにかくすぐに外に出た方がいいですよ!」「あぶなかったねーっ、もう少しで人殺してしまうとこやったで!」「救急車か警察呼びましょうか?」などと声を掛けて下さいました。

それを聞いた私は “ 他に巻き込まれた人はいなかったのだな ” と解り、そこで随分と冷静さを取り戻すことが出来ました。

 

車が突っ込んだその建物は、地元で長年愛され続けている大衆食堂で、この日も少し遅めのお昼のひと時を寛がれている方々で店内は繁昌しておりました。

そこにいきなりドカーンッ!と車が衝突して来たものですから、そうとう肝をお冷やしになった事でしょう・・・。

自分なら定食のお味噌汁を床までぶちまけてしまっていたかもしれません。それでも皆さん、嫌な顔ひとつせずに

中には、ありがたい事に随分とご心配をいただいて「見た感じ、大きい怪我も無い様なので救急車を呼ぶ必要は無さそうですね。警察の方に通報しておきましょうか?事故の瞬間は見ていないので、どういう状況でしたか?」と手際よく対応して下さる男性の胸元には、社員証と思われる某放送局の「記者  ○○  〇○」というネームカードが・・・。

その方の迅速で的確な対応のおかげもあって少しほっとした私は、落ち着きを取り戻し、「お祭りの帰りで、神社まで帰る途中だった」こと、「交差点の信号は間違い無く青だった」こと、「左から信号無視の車が突っ込んで来て、ここまで突き飛ばされてしまった」ことを今あったありのままに説明をしました。

そこへほどなくして、ぶつかってきた相手の運転手であろう女性の方が、慌てた様子で「あぁ、どうしよう」「すみません、すみません・・・」と繰り返しながこちらへ近寄って来られました。

私の姿を見て、一度は「お怪我はありませんか?」と尋ねられたかもしれません。が、その後はただ「すみません、すみません・・・」と繰り返すのみです。

私は「この人は、いったい何に “ すみません ” を繰り返しているのだろう。」と思い、その「すみません」の所在は何処にあるのか、意図する所は何なのかが理解できず、とにかく本人の自覚はどの程度あるのかをはっきりとさせるために「今、あなた、信号は赤でしたよね?」と問いただしてみました・・・

最初からずっと謝っている様なので、てっきり「すみません。信号を見落としてしまって・・・」とか「ブレーキを踏んだつもりが間違えてしまって・・・」とかいう返事が返ってくるものだと想像していましたが、相変わらず「あぁ、どうしよう。すみません、すみません・・・」

ん?

だから、何に対して?

信号無視して事故を起こしてしまった事?

それとも人に怪我を負わせてしまった事?

それとも出会い頭の車を避けきれなかった事?

自分の信号の色はちゃんと確認していたのか、見落としていたのか。どうなの?

自分の方が青だと思って交差点を渡ろうとしたのか。それならそれで、「自分の方が青信号だった」と主張して来るのが普通だし・・・それとも、

まさかとは思うけど、赤だけど今なら大丈夫!なんて考えて無謀な運転をしてしまった事に対しての「すみません」なのか。

さっぱりわかりません。

そうこうしているうち、近くをパトロール中だった警察の方がやって来られました。

先ずはお互いの怪我が無いかを確認し、双方にドライブレコーダーが搭載されているかと確認されます。

「こちらの車はドライブレコーダーは付いていますか?」

「いや、社用車で付いていないんですよ。」

「あなたの方は?」

「・・・私もありません。」

(え?まじかよ。・・・このご時世に2台ともレコーダー付いてないって、あるの?そんな事。)

(おいおい、ドラレコくらい付けとけよー!って、人のこと言えんか。まぁでも、こういう交差点って防犯カメラとか付いてるはずだよね・・・たぶん。)

 

後から思えば、この瞬間こそが本当の意味での「禍津日神の神業(かむわざ)」が顕された時だったのかもしれません。

「魔がさす」、「気の迷い」、様々な表現がありますが、この様な非日常ではいとも簡単に人の心に侵入してきます。

そういった時に、魔を退け、迷いを断ち切れるのは普段から自分を律し、自分の心に正直に生きている人です。

ただ、そういう人ばかりではないのが世の常なのでございます・・・。

 

『神主の体験』その③ ~ 神に誓えますか? ~ へと続きます・・・

 

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